2026年9月25日金曜日

外交なくして平和はつくれない~重層的(マルチトラック)な外交の制度化を~

 日本母親大会記念講演に学ぶ

 第71回日本母親大会に参加し、新外交イニシアティブ代表の猿田佐世さんの講演を聴いた。日本政府が、防衛力・抑止力強化一辺倒、既存の日米同盟の維持・増強を求めることに警鐘を鳴らし、今日本に求められているのは、専守防衛に徹した防衛力の整備を行いながらも、国際社会における法の支配や人権、民主主義そして「力によらない平和」を実現する努力を粘り強く続けること、「対話や外交による平和」が実現するよう尽力することである、と力強く語ってくれた。

トランプ政権や、ロシア、中国との関係など不安だらけの社会に見えるけれど、世界では、至る所で対話の外交が行われている。

印象に残ったのはベトナムである。1990年まで占領と戦争に苦しめられ、世界最貧国の状況から、ドイモイ政策(対外開放)により急成長を遂げ、2023年にはGDP世界35位となった。「平和なくして経済成長なし」の精神が社会に根付いている。ベトナムの外交姿勢は、「竹外交」と表現される全方位外交で、国連安保理常任理事国5カ国を含め、世界のどの国とも良好な関係を保ちながら、根はしっかりと独立、自主・自立、外交原則として軍事同盟に参加しない、外国の軍事基地を置かないという。

隣国中国とも、米国とも貿易を含め良好な関係を築いている。外交努力のたまものだと思う。ASEAN諸国もしかり。日本も制度化されたマルチトラック外交を!(O)

2026年9月18日金曜日

手塚治虫-「ながい窖(あな)」を読んで

 1970年に発表された手塚作品。半世紀以上たって復刻され、2カ月で第5刷を重ね反響は大きい。僅か50頁の漫画に「戦時下の朝鮮人の強制労働(地下壕掘削)、戦後の帰化、密航、大村収容所、就職差別、家族離散、一世と二世の世代間葛藤、朝鮮学校など在日コリアンの抱えるあらゆるテーマが詰め込まれている」(神谷丹路氏)漫画より著名な6人による解説の方がページ数も多く、様々な角度からの指摘はとても勉強になる。高市政権は10月から外国人の永住権所得要件を厳格化する。国籍取得に必要な在留期間を5年から10年以上に、永住許可申請手数料1万円を20万円に、在留期間更新・変更手数料一律6,000円を最高75,000円に等々。既に外国籍者が事業を行うために必要な資本金が500万円から3,000万円に引き上げられている。外国籍の人を排除する政策、あまりにひどくないか?小池百合子東京都知事は9月1日の関東大震災混乱期に虐殺された朝鮮人犠牲者を含む追悼式典への追悼文を2017年からずっと見送っている。解説者の一人、本浜秀彦氏は「差別が激しく噴出するのは、平時ではない。」「『有事』に激しく噴出する差別は、「日常」の先入観、偏見などを含めた、私たちの心の中にひそんでいる。だからこそ怖い。」という。肝に銘じたい。S

2026年9月11日金曜日

映画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

 「ところでアレン、君はなぜ人を殺したんだね?」「戦争だから」「殺さなければ殺されていたから」物語は、戦場で犯した罪によってトラウマに苦しみ続けるアレン・ネルソンと、治療法が確立されていない中、戦争が人に与える精神的苦痛の軽減方法に手探りで向き合い、辛抱強く患者に寄り添い続けたダニエルズ医師との対話を描く。そして、家庭を破綻させてでも、己のベトナム戦争体験を語り続ける道を選んだ後年のアレンの活動にも迫っていく。まだPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉すら存在しない時代だ。ベトナムから帰還後家を追い出され、ホームレスになったのは、まだ23歳になったばかりの頃。そんな彼を地獄のどん底から少しずつ救い出したのは、退役軍人病院で出会ったダニエルズ医師のカウンセリングと、自らの過ちを告白し、戦場で何が起きていたのかを大勢の聴衆に話す活動だった。「加害者の視点から戦争の恐ろしい現実と拭いきれない精神的痛みを綴った自伝を読み映画にしたいと思ってから、7年から8年かかった」と監督の塚本信也さん。ネルソンさんは自分がやったことを話すことでPTSDがなくなっていった。日本でも戦後精神を病んだ人がたくさんいたが、カルテは軍から焼却を求められ、隠された。「語ることができなかったことで、日本全体でPTSDが残ったままだ」とネルソンさんは言っていたという。今年の戦没者追悼式で高市首相は「反省する」という言葉を使わなかった。世論調査で使わなかったことを評価すると答えたのが若い人ほど高く30代以下で61.3%だった。戦後ドイツは深い反省を形にしてきた。一方日本は心からの謝罪があっただろうか。あったことをなかったことにするということは、全く反省せず、また同じことを繰り返してもいいということか! それにしても上映される映画館が少なすぎる。(T)